アメリカの要求を「NO」と言える日

密約の存在が明らかになっても
歴代総理は、その意義を強調するかのような発言です。


“有るものを有ると言えず”
何故これまで事実を隠してきたのか?

そのわけは59年前にさかのぼります。

1951年9月8日 サンフランシスコ条約調印によって
敗戦による占領から6年、ようやく独立国としての地位を回復します。

ただしアメリカを中心とする西側陣営との講和で
   ソビエトなどとの全面講和ではありませんでした。

背景にあったのは、すでに激しさを増していた東西冷戦
反共の防波堤として、

日本を西側陣営に取り込みたいアメリカの意向に後押しされるかたちで
日本の独立は実現しました。

このことが、今後の日米関係を決定付けます!

講和条約と同時に締結された日米安全安保条約の調印!

日本を防衛するとの名目でアメリカ軍が常駐
現在
  米軍基地・施設 ・・・ 84か所
  米軍兵士    ・・・ 約37,000人

1972年の沖縄返還では、
占領状態からの原状回復費用を
日本が肩代わりするなどを秘密裏に約束しました。

1978年、アメリカから駐留経費の分担を求める声が高まると
日本は“思いやり予算”として年間2000億円に達しています。

アメリカは次々と要求を突き付け
   その都度、日本もそれに応じてきました。


1989年、ソ連の崩壊などで東西冷戦が終結!

それまでの同盟関係のあり方を見直し、
新たな日米関係の模索が始まると思われてきましたが?

1991年、湾岸戦争では、日本は130億ドルの財政支援を行いますが
1992年、アメリカから更なる人的支援を求められ
自衛隊を海外へ派遣できるようPKO協力法を成立させました。

2001年、同時多発テロが起きると、テロとの戦いの参加を求められ
2001年、自衛隊の活動範囲を拡大させ、海上自衛隊をインド洋へ
2004年、陸上自衛隊をイラクへ派遣するなど

アメリカの要求通りに従う姿勢は
   冷戦終結前とまったく変わりませんでした。

次回につづく・・・



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