胡錦濤国家主席がサミットから帰国した本当の理由!?

8日からイタリアで始まった主要国首脳会議(ラクイラ・サミット)では、
中国やインドなどの新興国を正式に加える拡大論が加速する見通しです。

そんな中、胡錦濤国家主席がサミットに参加せずに急遽中国へ帰国しました。
今回のサミットで
オバマ大統領や麻生首相との首脳会談も予定されっていただけに
外交日程を中止して帰国するのは極めて異例です。

まだサミットの正式なメンバーではない中国にとって
今回は特別なサミットのはずでした。

今後は正式メンバーとしてアメリカと中国のG2にしようかという勢いで
イタリアに乗り込みました。

8日からのサミットに対して7月5日には中国の経済人300人をつれて
イタリアに乗り込みました。

中国の経済だけが世界の希望なんだと・・・
世界の金融危機を克服できるのは中国のおかげなんだと見せつけて
新興国と地球温暖化についても中国が新興国のまとめ役をやると表明する
重大なサミットになるはずだったのに突然帰国してしまいました。

何故、早い決断をしたかというと
新疆ウイグルで発生した暴動はウイグル人だけの問題ではなくなって
漢人の方に大きな動きが出ているからです。

2005年4月に起こった反日暴動でも、反日感情に火が付いて漢人が大きな暴動を
おこしていきました。

同様に漢人の中にある中国政府への不満感情に火が付くと中国政府にとって
大変なことになるからです。

ウイグル人だけだと人口はせいぜい900万人ぐらいです。
漢人に火が付くと○億人ということになると中国建国以来の国家的危機に
なるから胡錦濤国家主席自ら陣頭指揮を執るための緊急帰国だったんです。

そもそもウイグル地区の暴動とは・・・!?
暴動が起き緊張が続く新疆ウイグル自治区


新疆ウイグル自治区ウルムチでは市内全域に交通規制が布かれ
道路を走るのは警察か軍の関係車両だけでした。

暴動の発端となった人民広場では
軍が厳戒態勢で厳重な警備体制が布かれています。

中国政府はすでにウルムチの暴動は制圧し沈静化したと発表していますが
民族間の睨み合いは未だ続いています。

一方、世界各地では中国政府の対応に講義する集会が開かれています。

ワシントンでは亡命ウイグル人や支援者等約300人がデモ講義を行っています。

デモには中国当局から暴動の首謀者と名指しされた
「世界ウイグル会議」の代表も参加しました。

中国政府が発表している暴動の原因として
「世界ウイグル会議」が諸外国にいる亡命ウイグル人が中国の外から先導したと
繰り返しメディアで伝えています。

しかし本当のきっかけは、6月26日に広東省の玩具工場でおきた事件
漢人がウイグル人を襲撃したことに発端があると・・・!

この広東省の玩具工場は香港資本で8000人の労働者が働いています。
その中にウイグル人600人います。

その600人のウイグル人もウイグルに住んでいると罰金が取られるという
中国政府に強制移住をさせられた人たちです。

ウイグル人は工場では200人づつの3交代をさせられていて
深夜に勤務を終えた200人のウイグル人が工場内の宿舎に戻ろうとしたところ
6000人の漢人が襲ってきました。



何故、工場でこのような事件が起きたかというと工場を解雇された漢人が
「ウイグル人の労働者が漢人の女性を集団暴行した」とデマ情報を流したからです。

中国当局もこの情報はデマだからと漢人を抑えにかかりましたが
携帯やインターネットであっと言う間に広がりました。

中国政府の対ウイグル政策は
@同化政策=強制移住
  17歳〜20歳前半の若者にターゲットを絞って強制的にウイグルの外に出して
  ウイグルの人々を強制的に少なくして、減らした所へ漢人が入っていく
  ウイグルの大学でもウイグル語は話してはいけない中国語で教育しなさいという
  恐ろしい政策です。

A「ウイグル人=テロ」
  2001年の同時多発テロが起きてからウイグル人はイスラム教徒という理由で
  ウイグル人の組織を国際テロ組織だと指定してしまいました。
  そしてアメリカも加わりドンドンとウイグル人を孤立させてしまう方向性へ向かわ
  してしまった。

こういう極端な政策が物凄い勢いで不満のマグマが溜まってしまって
これまで中国政府を信頼しようとしてきた多くのウイグル人もだんだん政策が極端に
なってきたから本格的に中国からの分離独立を求めるようになって大きな運動が起こりました。

中国にとって重大な意味を持つサミットから帰国した胡錦濤国家主席の脳裏には
ベルリンの壁崩壊が
あるのではないかと言われています。

1989年から20年の間に何が起きたかというと
社会主義が負けたために、それまで締め付けられていた少数民族が
本当の姿・国を作ろうという運動がずっと起きていました。

ヨーロッパはこの20年間で血は流したけれど、
ようやく新しい秩序を作ってきました。

しかし、アジアはそれをしないできました。
だから中国はチベットやウイグルなどの少数民族の問題が
そのまま残されてしまった状態です。

89年から20年間動きが無かったけれど、とうとうアジアでも少数民族の動きが
始まると胡錦濤国家主席は懸念したから急遽サミットから帰国したということです。

ウイグル人の暴動は非常に深い問題で
アジアの国境線の引き直しにもつながっていくので、

日本は関係ないという姿勢では
アジアの中で取り残されてしまうでしょう。



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